紅花のお話

万葉の紅花の歌

万葉の紅花の歌

「紅」の歌~くれなゐは美しくもはかなくあでやかな色。ある時はあこがれや賛美の対象であり、同時にそのうつろいやすさから、諦めや嘆きを浮き上がらせる色でもありました。くれなゐの美しさとともに、その裏にある人のこころの儚さ、頼りなさを歌った歌が多い。

  • 黒牛潟潮干の浦を紅の玉裳裾引き行くは誰が妻       柿本人麻呂歌集 巻9-1672
    (紀州、黒牛潟の潮が引いた。紅の裳裾を引いてゆるやかに足を進めるのは誰の妻だろうか。)
  • 外のみに見つつ恋ひなむ紅の末摘花の色に出でずとも    作者不詳    巻11-1993
  • 紅に染めてし衣雨降りてにほひはすともうつろはめやも   豊後国白水郎 巻16-3877
  • 紅はうつろふものぞ橡のなれにし来ぬになほしかめやも   大伴家持  巻18-4109
  • 言ふ言の畏き国ぞ紅の色にな出でそ思ひ死ぬとも      大伴坂上郎女  巻4-0683
  • 紅に深く染みにし心かも奈良の都に年の経ぬべき      作者不詳  巻6-1044
  • 紅の八しほの衣朝な朝な馴れはすれどもいやめづらしも   作者不詳  巻11-2623
    (紅色に濃く染まるようにと、何度も染液に漬けた衣のように、朝な朝な慣れ親しんでいても、あなたをますます愛しく思うのです。)
  • 紅の深染めの衣色深く染みにしかばか忘れかねつる        作者不詳   巻11-2624
  • 紅の裾引く道を中に置きて我れは通はむ君か来まさむ     作者不詳   巻11-2655
  • 紅の深染めの衣を下に着ば人の見らくににほひ出でむかも   作者不詳  巻11-2828

「朱華(はねず)」の歌

朱華色は、梔子(くちなし)で黄の下染めをしたあと紅花で染め重ねた、黄みのある淡紅色。紅と同じく、退色しやすいことから「移ろいやすい心」、「はかなさ」を導く枕詞としても用いられます。

  • 思はじと言ひてしものをはねず色のうつろひやすき我が心かも    大伴坂上郎女  巻4-0657
    (もうあなたのことを思わないでおこう、とわが心に言い聞かせても、ああ、その決心のもろく移ろいやすいこと。忘れられないのです)
  • 夏まけて咲きたるはねずひさかたの雨うち降らば移ろひなむか    大伴家持  巻8-1485
  • 山吹のにほへる妹がはねず色の赤裳の姿夢に見えつつ 作者不詳   巻11-2786
  • はねず色のうつろひやすき心あれば年をぞ来経る言は絶えずて    作者不詳  巻12-3074
    (あの方には、朱華色のように、移ろいやすい心があるので、時おりのことづては絶えないものの、二人の関係が進展することなく、ただ歳月だけが過ぎていくのです。—この時代の平均寿命は三〇歳前後。)

「黄丹 (おうに)」の歌

クチナシ(アカネ科クチナシ属) 染色には実を利用します。梔子(くちなし)の下染めに紅花で染め重ねられた、やや黄味がかった丹色が黄丹。昇る朝日の色を写したとされる鮮やかな色です。『養老律令』の「衣服令」において、皇太子の礼服の色として固定され、『延喜式』(平安中期) には黄丹色の染め方の記述があります。(「黄丹綾一疋 紅花大十斤八両 支子一斗二升を用いる) 天皇の位色である黄櫨染とともに禁色で、皇太子以外はだれも使用出来ない色でした。